評価されてこなかった自然の宝~ピートランド(泥炭地)

ラムネットJ共同代表 永井光弘

■ピートランドとは
 ピート(泥炭)とは、枯死して部分的に腐った植物がその場で積み重なりできた泥状の炭のことです。浸水しているため半分腐った状態が長年にわたって維持されます。この"水に漬かっている状態"がキモのため、ラムサール条約が保全と賢明な利用を求めている湿地(特に内陸湿地)は、同時にピートランドであることが多いのです。
 日本のラムサール条約湿地で代表的なピートランドとしては、福井県・中池見湿地(下写真)や、北海道・釧路湿原やサロベツ原野などがあげられます。
 ピートランドは、"世界で最も過小評価されてきた自然の宝物の一つ"といわれています(以下は、主として2018年UNEP発行(未邦訳)の「SMOKE ON WATER」からの引用です)。

一見平凡な中池見湿地
一見平凡な中池見湿地
排水によるピートランドの劣化。UNEP発行「SMOKE ON WATER」より
排水によるピートランドの劣化。UNEP発行「SMOKE ON WATER」より

■本当はすごいピートランド
 まず、地球温暖化に関するピートランドの役割からみていきましょう。
 ピートランドは、強力な炭素吸収源で、どの生態系よりも多量かつ長期にわたり炭素を貯蔵します。通常の土壌の約10倍(1haで1375トン)の炭素を貯蔵し、その面積は地表面の約3%ですが、世界の全ての森林の2倍の炭素を貯蔵しています。ピートランドは、ただそのまま保全されているだけで既に大きな役割を果たしているのです。
 にもかかわらず、ピートランドは、農業、林業、道路などインフラ建設、泥炭採取、泥炭火災などさまざまな理由のため、キモとなる水が排水され、現在、その15%が破壊され劣化しています(上図)。ピートランドから水が抜けて劣化すると、地球温暖化対策どころか、一転、最大の敵となります。長年貯えてきた炭素を一気に放出するからで、これは年間の地球上のCO2排出量の5%も占めています。しかも水が抜けて劣化したピートランドで火災が生じると、長期間ずっとくすぶって容易に消火できない被害の大きい泥炭火災となり、発生する煙霧は呼吸器障害のもととなり国際的な公衆衛生の問題も引き起こします。
 ピートランドをそのままの形で保全し、また、劣化したものは再生(再湿潤化)することは地球温暖化に対する「自然に基づく解決策」となるのです。
 その他にも、ピートランドは、絶滅の危機にひんする生物種を支えています(熱帯泥炭地に住むオランウータンやトラなど)。大雨時に雨水を吸収し乾季には徐々に水を放出する天然のスポンジとして水循環を支え、水質浄化も行います。過去の環境と人類史の歴史的保管庫としての役割も持ちます(ユトランド半島のボッグピープル、三方五湖の年縞(ねんこう))。

■ピートランド保全と再生(再湿潤化)は急務
 このようなピートランドの重要性から、ラムサール条約第13回締約国会議(2018年ドバイ)でピートランドに関し2本の決議が採択されました。一つは、締約国にピートランドの保全と持続可能な利用や、劣化した泥炭地の再生のための立法を奨励し、「再湿潤化した湿地での耕作(Paludiculture)」の推進を求めています(決議13)。もう一つは、気候変動緩和からピートランドを条約湿地に登録する際の手引きで、大規模なものだけでなく、小さなピートランドでも生物多様性、ピートランドのCEPA(対話・教育・参加・啓発活動)機能、アクセス容易性などを評価し、積極的に登録を促しています(決議12)。2012年にスロープカーをもつ(現在休止中)小さな中池見湿地を登録したのは、日本もずいぶん先見性があったのですね。
 
ラムネットJニュースレターVol.39より転載)

2020年06月24日掲載