震災後9年目の松川浦

はぜっ子倶楽部 杉本田鶴子

ハマサジ(福島県絶滅危惧ⅠB類)

ハマサジ(福島県絶滅危惧ⅠB類)

 震災時、太平洋と松川浦を仕切る7kmある砂州大洲海岸はいたるところで決壊し、津波が陸をめがけてなだれ込んだ。津波が去った後の松川浦は、まるで別の惑星のようだった。あの大震災から9年がたった。重機がうなりをあげて行き交う復旧工事の傍らで、松川浦の貴重な動植物は形を変えながらも少しずつよみがえっている。
 かつて松川浦の鵜ノ尾岬にある小さな沼と湿地は、ネアカヨシヤンマ、アオヤンマ、カトリヤンマ、オオイチモンジシマゲンゴロウ、ババアメンボ、ミゾナシミズムシなどレッドリストに載る希少な昆虫の宝庫だった。津波で大きな被害を受けたものの、順調に回復しつつあった水生昆虫が、2014年急に姿を消した。そして2015年、津波以前には存在しなかったウシガエルが初めて確認された。恐らく津波の引き波で運ばれ繁殖したのだろう。ご存知のように、ウシガエルは目の前で動くものは何でも食べる旺盛な食欲の特定外来生物だ。

ウシガエル捕獲カゴの設置
ウシガエル捕獲カゴの設置
干潟での水生生物調査
干潟での水生生物調査

 翌2016年春から福島虫の会の三田村敏正さんを中心にウシガエルの捕獲作業が始まり、はぜっ子倶楽部も参加した。鵜ノ尾の湿地と沼の4か所にアナゴ漁のカゴが計15個仕掛けられた。この年は11回の調査を行って、ウシガエル成体74匹とオタマジャクシ幼体163匹を捕獲した。驚くほどの数だった。
 以来、捕獲は毎年続けているが、同時にマツモムシとコオイムシの発生消長数をウシガエル減少の指標として調べている。この調査に2018年ごろから昆虫好きな少年たちが参加するようになり、月に一度の調査日は実に賑やかだ。胴長を身に着けた少年たちがウシガエルの捕獲とタモですくった水生昆虫の同定に熱中している。昨年はウシガエル成体・幼体共に年間捕獲数は1桁になり、捕獲は成果を上げ、トンボの楽園も戻りつつある。2020年で6年目を迎えるウシガエル捕獲作戦は今後も続ける予定だ。

杏林大学ゼミ学生と鈴木、黒沢両先生
杏林大学ゼミ学生と鈴木、黒沢両先生
保護区内の水路は震災前のをそのまま利用、傾斜をもうけエコトーンに
保護区内の水路は震災前のをそのまま利用、傾斜をもうけエコトーンに

 また大洲海岸では2014年福島県による環境アセスメントが行われ、塩性湿地や干潟と、そこに生育する希少な動植物や絶滅危惧種を保護するため「大洲保全地区」が指定された。磯部漁港近くの旧海浜自然の家から古湊までの細長い10‌ha区画だ。ここで2019年8月福島大学の黒沢高秀先生(植物)、元東北大学大学院の鈴木孝男先生(底生生物)や杏林大学ゼミの学生、はぜっ子倶楽部会員など20数名で初めて観察会が開かれた。
 震災前の姿を残す保全地区には、松川浦の汽水が干満時に行き来できるよう元の水路をそのまま残してある。東側に広がる海岸防災林との間には幅3mの畔を設け、人工の盛土の流入を防いでいる。またなだらかな傾斜は海岸エコトーンに配慮している。塩性湿地にはハママツナやハマサジの群落が見事に広がり、シバナ、オオクグ、アシの茂みには人の気配を感じたアシハラガニが逃げ込む。ホソウミニナが水路にベッタリ張り付き震災直後の光景からは想像できない姿だ。海と陸、川がであう海岸エコトーンは地球上でも貴重な場所だ。ここではさまざまな動物や植物が混ざり合い、多様な生態系を作り上げている。
 今年4月で20周年を迎えるはぜっ子倶楽部だが、会員として、この生きもののゆりかごである松川浦をいつまでも見続けていきたい。

ラムネットJニュースレターVol.39より転載)

2020年06月24日掲載