コアジサシから考える夢洲の生物多様性
公益社団法人 大阪自然環境保全協会 夏原由博
いつからか砂利面でコアジサシ(1)が繁殖を始めた。いのちなど存在しないと誰もが思う殺伐とした砂利場で目を疑った。おびただしい数のコアジサシが、あたかも営巣場所を探しているかのように、お互いをけん制しあいながら飛びおり、また飛びあがり旋回する。オスがメスに餌を渡し、カラスを集団で追う。交尾するぺアや抱卵しているメスも確認。今年はここで新しい命の誕生も期待できそうだった。
抱卵中とみられるコアジサシ
大阪湾の埋め立て地、夢洲(Google Earthより)
■夢洲(ゆめしま)の自然と開発の経緯
夢洲は大阪市の埋め立て地(390ha)で、一般・産業廃棄物(ゴミ)や建設工事に伴う掘削残土、浚渫土砂によって1977年から埋め立てが開始された。北には咲洲、南には舞洲という埋め立て地がある。
大阪港周辺は、古くは難波潟や浅香潟など広大な干潟があったが、干拓や埋め立てによって消失した。咲洲では埋め立て途中に干潟や湿地ができ、シギ・チドリなど多数の水鳥が飛来していたため、1969年に「大阪南港の野鳥をまもる会」が結成され、運動の結果、1971年に大阪市が南港野鳥園(現・野鳥園臨港緑地)の設置を決定した。大阪自然環境保全協会はこの運動を母体として、1976年に創立された。
表1 2004年以降のシギチドリの累積種数と最大飛来数
夢洲にも埋め立て途中に湿地ができ、最多で2000羽を超えるシギ・チドリが飛来(表1)、数千羽のカモ類が越冬している。そのため大阪府の生物多様性ホットスポットAランクに指定されている。東京湾と大阪湾の干潟で記録されたシギ・チドリ類の種数としては最多、個体数も三番瀬と谷津干潟に次いで多い。環境省による2018年度ガンカモ類の生息調査では、ラムサール条約の1%基準である3000羽を超える4862羽のホシハジロが記録された(2)。またツツイトモなど希少な湿生植物も見られる。
2018年11月に国際博覧会を2025年に大阪で開催することが決定し、大阪府と市は夢洲を会場とすることを発表した。同時に、大阪府・市はカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致も計画。しかし、新型コロナ感染症の影響を受けてIR誘致は遅れ、予定されていた2026年度開業も困難ではないかと報道されている。また、万博についても、密集を避けるために、分散型会場で開催すべきだとの意見が関西経済同友会などから出ている。
■私たちの活動
2018年11月、夢洲での万博開催報道を受け、私たちは「生物多様性のホットスポットである夢洲の自然環境保全に関する要望及び質問書」を大阪府・市に提出したが、大阪市は2019年度には埋め立てを早めるために50億円の税金を使って土砂を購入した。これによって、水鳥の生息場所が保全措置なしに予定より早く消失するため、「購入土砂の投入の中止と生物への配慮を求める要望書」を提出した。
2019年5月からは、NPO地域づくり工房と共催での地球環境基金助成事業「市民からの環境アセスメント」のワークショップの一環として、8月までに6回の生きもの事前調査を実施した。その際、希少な塩性湿地の植物を発見。9月から2020年6月に定点調査を27回行った。それらについては2回のフォトアルバムにまとめて発行している。そして4月末、コアジサシの来島を確認し、コロニーの可能性を注視していた。
2019年12月には、私たちは大阪市に対して、埋め立てを急ぐための購入土砂投入を中止して野鳥や水草を保護するよう、大阪市に要請した。2019年6月に餌を運ぶコアジサシの個体を目撃していることを主張したが、市からは「調査したが繁殖していなかった」との回答であった。しかし、2020年5月9日に300羽以上のコアジサシを観察し、抱卵中の個体も確認した。
そのため、再び大阪市長に繁殖場所での工事を繁殖期が終わる8月末まで実施しないように要望書を提出し市との協議も始めている(3)。また、コアジサシの保護のためのオンライン署名活動も実施しており、皆さまのご協力をお願いします。
(1)コアジサシは環境省レッドリストで絶滅危倶2類。日本は重要な繁殖地の一つ。平成26年3月環境省自然環境局野生生物課「コアジサシ繁殖地の保全・配慮指針」によると、営巣が確認された場合、工事を止めなくてはならない。
(2)ラムサール条約湿地選定基準6は水鳥の生物地理学的個体群の1%以上の個体を、定期的に支える湿地を国際的に重要とみなす。
(3)工事休止の要望書は協会ホームページをご覧ください。
(ラムネットJニュースレターVol.40より転載)
2020年09月06日掲載