熊本県知事による川辺川ダム容認の撤回を求める声明
ラムサール・ネットワーク日本は2020年12月18日、「熊本県知事による川辺川ダム容認の撤回を求める声明」を公表し、熊本県知事に送付しました。
2020年12月18日
熊本県知事による川辺川ダム容認の撤回を求める声明
NPO法人 ラムサール・ネットワーク日本
共同代表 陣内隆之、上野山紀子、金井 裕
高橋 久、永井光弘
1.川辺川ダム白紙に至る議論の蓄積を白紙に戻してはならない
蒲島郁夫・熊本県知事は、11月19日に川辺川ダム建設の容認を表明しました。しかし、これに対する県民世論は一様ではなく、11月22日にはダム建設反対の県民集会が開かれるなど、県の性急な姿勢に戸惑いや抗議の声が上がっています。熊本県では、蒲島知事が2008年に川辺川ダムの白紙撤回を表明するまでに、潮谷知事の時代から、川辺川ダムの効果や環境への影響、あるべき治水のあり方などについて、長い時間をかけて科学的かつ真剣な議論が行われました。今回、その様な議論の蓄積を十分に振り返ることもなく、7月の水害からわずか4ヶ月ほどで蒲島知事が川辺川ダムを容認したことは、極めて拙速なものであり、科学的な根拠も、流域住民を中心とした社会的な合意も不十分なままです。
今回、私たちラムサール・ネットワーク日本は、八代市において12月5日、6日の2日間、第15回日韓NGO湿地フォーラムを韓国湿地NGOネットワークと共同で開催しました。いずれも日本および韓国で湿地保全を目的に活動している市民グループのネットワークであり、2008年に韓国で開催されたラムサール条約締約国会議に向けた取り組みから相互の連携を深め、その後も継続的に交流してきました。今度のフォーラムでは川辺川ダムの問題もテーマの一つとして取り上げ、開催前日の12月4日には、今回の水害で被災した球磨川流域の現地視察を行いました。そうした経緯をふまえて、私たちは、熊本県の川辺川ダム容認の表明に対して強い懸念を表明するものです。
2.川辺川ダムは命も環境も守れない
2-1.山の異変への対策が急務、瀬戸石ダムの影響も検証すべき
蒲島知事は、川辺川ダムの容認に際して、「命と環境の両立」と述べていますが、川辺川ダムはどちらも守ることはできないと私たちは考えます。知事の川辺川ダム白紙表明後も、ダム建設再開の機会をうかがいながら、河川整備計画の策定を先延ばしにしてきた国交省の試算を鵜呑みにしたものと言わざるを得ません。
今回の豪雨災害の特徴は、中流部での雨量が多く、支川での被害が甚大だったこと、特に山腹崩壊による土砂流下が被害を甚大にしていること、被害は球磨川水位がピークとなる前に発生していることなどです。私たちは、今回の現地視察で、こうした被害の爪痕を各地で確認することができました。鹿の食害による表土崩壊も確認することができました。つまり、川辺川ダムがあったとしても今回の被害を防ぐことはできません。むしろ、支流が流れる山々の異変に対する対策こそが急務です。
また、瀬戸石ダムの存在が、水の自然な流れを遮って、自然環境を悪化させるだけでなく、洪水水位を2倍以上押し上げ、ダムの上下流の被害を増幅させたとの意見を現地で聞きました。このような指摘を真摯に受け止め、瀬戸石ダムが今回の水害にどのような影響を与えたのか、水利権更新を認めた熊本県知事が具体的な情報を公開させ、県として、瀬戸石ダムの撤去も視野に入れ、科学的に検証すべきだと私たちは考えます。
ダムの治水効果は限定的です。むしろ洪水でダムが満杯になった後に緊急放流する事態になれば、ダム下流域を氾濫させ、逃げ遅れによる遭難者が出ることも、鬼怒川や肱川など近年の洪水被害から明らかとなっています。もし線状降水帯が市房ダムや川辺川ダム予定地流域を覆っていたら、緊急放流によって逃げ遅れの悲劇が起こっていたでしょう。
2-2.流水型ダムでも自然環境の悪化は変わらない
「環境に配慮し清流を守る」と言われる流水型ダムも、多くの問題が指摘されています。島根県の益田川ダムの事例では、副ダムによる生物の行き来の妨害、濁りの長期化、ダム下流河川の河床の泥質化などが指摘されています。川辺川ダムを流水型ダムにする場合は、益田川の16.4倍の容量と桁違いの規模の流水型ダムになります。デメリットの大きさも桁違いとなるでしょう。生物の行き来の妨げのみならず、生物にとって不可欠な瀬や淵の構造が次第に消滅していくこと、濁りが魚類の餌となるコケなどの生育を阻むことなど川の生態系を大きく変え、土砂流入の質の変化から下流の生態系にも影響がおよぶことが容易に想定できます。地域を支えるアユ漁に甚大な影響がおよぶことは間違いなく、ラムサール条約登録をめざしている球磨川河口干潟の劣化にもつながります。また、通常のダムよりも大量のコンクリートを必要とすることから、土砂採取による自然破壊も懸念されます。
3.水の自然な流れを守ることが世界の趨勢
私たちは、川辺川ダム建設の中止や荒瀬ダム撤去などを、水の自然な流れを守った成功事例として学んできました。今回、私たちが実施した日韓NGO湿地フォーラムでは、韓国の四大河川の再自然化の一環で行われた錦江(クンガン)と栄山江(ヨンサンガン)の堰開放により、水の自然な流れが回復し、環境が劇的に回復したことが報告されました。元ラムサール条約事務局次長のニック・デイビッドソン教授(オーストラリア、チャールススタート大学)は、2019年8月に、ラムサール・ネットワーク日本の招聘により来日した際に、実際に現地を視察し、川辺川ダム計画が中止され、荒瀬ダムが撤去されたことを、水の自然な流れを守る優れた事例として評価するとともに、球磨川河口干潟のラムサール条約登録を推奨していましたが、今回、フォーラムにメッセージを寄せ、ダムが洪水を更に悪化させる可能性があるということが世界で指摘されていること、「穴あきダム」でも自然生態系への悪影響が大きいことを指摘しています。「水の自然な流れを守ろう」という私たちの呼びかけは、国際自然保護連合(IUCN)の動議選考でも圧倒的な高評価を受けて採択され、温暖化防止などと同様に国際的な趨勢になろうとしています。ラムサール条約の決議Ⅷ.1付属書「湿地の生態学的特徴を維持するための水の配分と管理に関するガイドライン」には『湿地の持つ自然の生態学的特徴を維持するには、自然の水循環にできるだけ近い形で水を配分することが必要である。』とあります。このように、今回の川辺川ダム建設容認表明は、国際的な環境保全の議論からも逆行するものです。
以上のことから、私たちラムサール・ネットワーク日本は、熊本県に対して、川辺川ダム建設容認の撤回を強く求めます。そして、今回の豪雨で被災した住民の生活の復旧・復興を優先しながら、災害を科学的に分析し、流域住民の民意を丁寧に汲み取ること、特に瀬戸石ダムについては、今回の水害をむしろ深刻化させたのではないかという住民の指摘を真摯に受け止め、撤去も含めて徹底的に検証すること、これらを通じて、ダムに頼らず、水の自然な流れを活かした総合的な治水対策を再検討することを要請します。
以 上
2020年12月18日掲載