田んぼの生きものの多様性 ─ 3つのスケールで考える
琵琶湖博物館/ラムネットJ理事 大塚泰介
「田んぼの生きもの全種リスト」(桐谷圭治編、2009年)の出版以来、日本の田んぼとその周辺で5000種を超える生物が見られることは、水田の環境保全に関わる者の常識になっています。しかしこの数字、実際に田んぼに関わる人たちの実感と合っているでしょうか? 中干し前のよい時期を選んでも、田んぼの生きものの観察会で100種以上を見つけられることはまれだと思います。どこに5000種以上の生物がいるというのでしょうか? そう思ってしまうのは、私たちが時間、空間、そして生物サイズのスケールを、ごく狭い範囲でしか捉えられていないからだと考えます。3つのスケールを順に見ていきましょう。
まずは時間スケール。私たちが湛水期の水田で見かける生物の多くは、湛水期にだけ水田にやってくるか、水がない時期には種子や耐久卵として休眠しています。そしてその裏返しのように、湛水期には種子などの形で休眠していて、秋に稲刈りが終わる頃から成長を始め、秋のうちに、あるいは翌春までに繁殖を終える植物も数多くあります。さらに除草剤施用を止めたり農法を変えたりすると、何年も見られなかった生物が突如として復活することがあるのは、水田土壌の中で不適な環境を数年~数十年も耐えてきた種子・耐久卵が発芽・孵化したからかもしれません。
次に空間スケール。例えばカスミサンショウウオが産卵にやってくる田んぼは、西日本の、森林と隣接した(例外あり)、しかも水たまりが常に残る湿田や水田内承水路(ヒヨセ)に限られます。ところが最近の研究で、カスミサンショウウオの地域個体群と見なされていたものが種レベルで分化していたことが分かり、何と9種に分けられたのです。最近ではメダカもキタノメダカとミナミメダカの2種に分けられ、ニホンアマガエルも国内だけで2種(あるいはそれ以上)いるらしいということになってきました。
ヤマトサンショウウオ(かつてカスミサンショウオの地域個体群とされていた)の卵塊(上)と幼生(下)
チビゲンゴロウ
最後に生物サイズのスケール。体長4cmに達するゲンゴロウが田んぼから姿を消していることに気づいている人はいても、たも網の目を抜ける体長2mmほどのチビゲンゴロウが、今もほとんどの水田にいることに気づいている人は少ないでしょう。水田には多種多様なイタチムシがいるのですが、大きさが0.1mmほどということもあり、見たことがある人はほとんどいないでしょう。ましてや一握りの水田土壌の中に、100種以上の珪藻、1000種以上のバクテリアがいると言われても、実感をもって理解できる人は少ないと思います。
こうしたマイナーな生物たちも含め、日本の水田に出現する生物の網羅を目指した「田んぼの生きもの全種データベース」の公開準備を、私たちは進めています。10月末公開予定、公開当初で6300種ほどを掲載、以後も研究の進展に応じて新たな種を追加していきたいと考えています。
(ラムネットJニュースレターVol.41より転載)
2020年12月20日掲載