生物多様性と湿地保全─ドイツで感じた日本の豊かさ─(2)

風土が生み出す自然観とその違い
ラムネットJ共同代表 呉地 正行

 今回も「ドイツで感じたこと」の続きです。2007年7月に、ベルリンで「生物多様性と持続的発展」と題した公開シンポジウムが開催され、日欧の湿地の保全・再生や持続的な地域社会の建設をめざす先進的な研究・実践・政策についての報告が行われました。学ぶことが多く有意義なシンポジウムで、私自身も「農業湿地としての水田の特性を活かした水鳥と農業の共生をめざす取り組み」という演題で、蕪栗沼周辺での取り組みについて報告を行いました(写真1)。その中で「水田は、その原点において湿地を開発したものが多いが、『ふゆみずたんぼ』のように、その湿地機能をうまく活かせば、持続可能な利用が可能で、利用しながらその湿地機能を高めることも可能だ」と述べました。それに対して会場のドイツ人から、ふゆみずたんぼの取り組みに対して、「人間が自然に対して関わる時に、保全する地域と利用する地域はきちんと分け、同じ場所で保全と利用を同時に行うべきではない」といった意見が出ました。これについての議論を通じて、私はドイツ(ヨーロッパ)と日本(アジア)の気候風土の違いが生み出した自然観の違いを強く感じました。

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写真1 ベルリンの「生物多様性と持続的発展」シンポジウム(右:筆者)

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写真2 ドイツのムギ畑

 日本を含む高温多雨のモンスーンアジアでは、肥沃な土壌と豊かな水が人々に多くの恵みを与えてきました。が、時にその水は、台風や洪水となって人々の命を奪う大きな被害を与えてもきました。抗しようがない大きな自然の力の中で、アジアの人々は自然への畏怖の念を持ちながら、自然と調和した文化を築き上げてきました。アジアの伝統的な水田農業はこの風土をうまく活かした湿地の持続可能な利用法で、その原風景が今も残る東南アジアの水田では、水田は稲以外に様々な魚介類、両生類、水草などの野生の生き物の生息地であるとともに、これらを食料として提供する複合生産の場として、現在も地域の食文化を支えています。残念ながら日本の水田ではこの機能は近年大きく損なわれてしまいましたが、水田の原風景を意識しながら、その湿地機能を高めようというのが、「ふゆみずたんぼ」の取り組みで、その道は未だ十分残されています。
 ドイツでは、気温が低く、雨量も少なく、土地の生産力も低いので、農地は畑地や牧草地に限られ、環境への負荷量を減らすことはできても、水田のように利用しながら環境機能を高めることは困難です(写真2)。その一方、アジアでは問題となる豪雨・洪水などの自然の脅威は少ないために、人間が自然を支配・管理できるという考えがその根底にあると感じました。
(ラムネットJニュースレターVol.2より転載)

2009年10月21日掲載