中池見湿地のラムサール条約登録と新幹線問題

ラムネットJ事務局長 浅野正富

 2012年7月、福井県敦賀市の中池見湿地は、日本政府が新たに登録した9か所のうちの一つとしてラムサール条約湿地に登録されました。中池見湿地は、国際的にも極めて重要な泥炭湿地であり、世界屈指の層厚4 mの泥炭層は約12万年分の堆積といわれ、典型的な袋状埋積谷で地形の破壊も少なく、一般的に泥炭地の生物相は貧弱といわれるなか生物の多様性も際立っています。特に植物相においては、「絶滅危惧種の博物館」と称され、環境省及び福井県のレッドデータ種は40種近く生育し、昆虫相も豊かで、トンボにおいては70種が確認されています。鳥類も150種を超え、猛禽類(ワシ・タカ類)12種、環境省レッドリスト種14種、福井県レッドリスト種30種が含まれ、特にノジコが大量に飛来してくる地として著名です。動物相もツキノワグマ、ニホンカモシカなど哺乳類のほとんどの種が湿地を取り囲む里山に棲息が確認されるなど、健全な生態ピラミッドが形成されています。このように国際的に重要な湿地である中池見については、以前から湿地関係者の間で1日も早い条約湿地登録が期待されていました。

秋の気配が濃くなった2012年11月の中池見湿地
秋の気配が濃くなった2012年11月の中池見湿地


 中池見湿地が条約湿地に登録された喜びもつかの間、2012年8月末に、2005年に認可されていた北陸新幹線のルートが中池見湿地の「後谷」部分を貫通する予定であることが明らかになりました。「樫曲」の集落方面から「余座」の集落方面に向かう新幹線ルートは、北陸自動車道のバイパスの下を通って、中池見湿地にかかるところからボックス工法と呼ばれるトンネルになり、中池見湿地の南側玄関口の「後谷」を地上高の高さで通り抜け、そのままトンネルとして「深山」を貫通し、余座側の地上40 mの位置が出口になる予定であることが判明しました。
 事業認可前に行われていた環境アセスの際に予定ルートが中池見湿地の周囲の山の一部にかかることは明らかになっていましたが、湿地部分の「後谷」にはかかっていませんでしたので、アセス時からのルートが変更されたことによって中池見湿地の水系や地下水脈、生物相に深刻な影響が懸念されます。中池見湿地の保全に長年関わってきた公益財団法人日本自然保護協会(以下自然保護協会と表記します)が事業主体の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下運輸機構と表記します)に確認したところ、運輸機構の見解は「ルートを変更する予定はない。今後工法を決定するために水文・自然環境の調査を行い、その結果によってできる限り中池見湿地の保全を図る工法を採用する」とのことです。

中池見湿地と北陸新幹線の計画ルート
中池見湿地と北陸新幹線の計画ルート(日本自然保護協会の資料を元に作成)*クリックで拡大

後谷から北陸自動車道バイパス方面。この間を新幹線が貫通する予定
後谷から北陸自動車道バイパス方面。この間を新幹線が貫通する予定


 自然保護協会は昨年11月に環境大臣、国土交通大臣宛てに新幹線のルート変更を求める要望を行いました。しかし、地元福井県も敦賀市も長年北陸新幹線の誘致の立場を取ってきており、地元自治体が今から新幹線のルートの大幅な変更を求める声を上げることは、極めて難しいのが現実です。したがって、地元自治体は、仮に軽微な変更にとどまるにしても、新幹線建設に決定的な影響を与えない範囲で条約湿地に登録された中池見湿地をできる限り保全していかなければならないという困難な課題に直面しています。
 ラムサール条約の理念である「湿地の賢明な利用」とは、すべての利害関係者が当該湿地の利用につき、情報を共有し意見を交換して最善な結論を導き出すことによってしか成り立たないものです。条約湿地に登録されて間もない中池見湿地の自治体をはじめとする利害関係者が、北陸新幹線問題をめぐってどのように「中池見湿地の賢明な利用」を実現していくのか、私たちは、これからの推移を注意深く見守っていかなければなりません。そして、日本全国から、「中池見湿地の賢明な利用」が実現できるように、中池見湿地の保全に取り組む地元NGOのウエットランド中池見や中池見ねっとの皆さんに、できる限りの支援をしていきましょう。ラムネットJとしても、今後は、中池見湿地の新幹線問題に積極的に取り組んでいきたいと考えています。
ラムネットJニュースレターVol.11より転載)

2013年02月27日掲載