熊本県のダム問題の光と影 〜順調に進む全国初のダム撤去と強引に進むダム建設〜

豊かな球磨川をとりもどす会 つる詳子

■荒瀬ダムの撤去と瀬戸石ダム
 熊本県の南部を流れる球磨川。その球磨川にある荒瀬ダム(八代市坂本町)では、流れる川の音に混じって、ダムを撤去する工事の音が聞こえてきます。2012年9月から始まったダム撤去の工事は順調に進んでいます。現在、8門あったゲートのうち5門が撤去、7つあった門柱や管理橋のうち、それぞれ2つが撤去され、見た目には右岸の半分側がなくなっている印象を受けます。
 2010年4月にゲートが全開され、また、撤去工事が進むにつれ、ダムの上下流や河口の干潟の様子は大きく変わりました。現在、上流はダム湖だった面影はどこにもなく、建設前にあった多くの瀬や淵は見た目にはほぼ戻っており、釣りをする人や釣り舟なども多く見かけるようになりました。特に支流の回復は目覚ましく、透明度の高い流れの中の小魚の群れを見ることができます。休日には、水遊びをする子どもたちや釣りをする家族連れなども増えてきました。
 ダム建設後の50年で泥干潟と化していた河口干潟は砂が増え始め、アマモ場の面積も確実に広がっています。魚の産卵場や休憩場が増え、ウナギやサヨリ、クマエビなどの増加も見られます。

撤去中の荒瀬ダム(2013年3月24日)
撤去中の荒瀬ダム(2013年3月24日)
昔の流れが戻ったダムの上流(2013年3月24日)
昔の流れが戻ったダムの上流(2013年3月24日)

 しかし、荒瀬ダム撤去の効果と同時に、上流10 kmにある瀬戸石ダムの影響も段々顕著になりつつあります。瀬戸石ダムの下流は、今まで荒瀬ダムがあったために土砂が堆積していましたが、流れの出現と共に河床の砂礫も流される一方、瀬戸石ダムが供給をストップしているために、河床が低下しつつあります。すなわち、ダムがある川の河床に変化しつつあります。干潟についても同様で、砂が増えつつある一方、大雨時の放流により一気に泥が堆積します。瀬戸石ダムがあるために、現在下流や干潟に供給されている砂礫は、荒瀬ダムが50年貯めこんできた砂礫に他ならないのです。
 アユを含む移動性の魚種の往来を阻害しているダムがあるという状況も変わりません。瀬戸石ダムがあるために、今後もアユは放流に頼らざるを得ず、また、親アユは産卵のために下流に下ることはできません。荒瀬ダム撤去により産卵場が増えたにしても、アユが下って来られないのでは、アユの増加には限度があります。
 その瀬戸石ダムの水利権期限は今年の3月31日でしたが、地元の反対運動にも関わらず、水利権の20年の更新が認められました。
 それでも、球磨川は川辺川ダム計画のストップや荒瀬ダム撤去と全国でも例がないダム運動の成功の事例です。しかし、その一方で理不尽かつ不必要なダム計画は強引に進められています。

荒瀬ダムの上流にある瀬戸石ダム
荒瀬ダムの上流にある瀬戸石ダム
美しい渓谷にある立野ダム計画予定地
美しい渓谷にある立野ダム計画予定地

■路木ダム、立野ダム建設計画
 その一つが、天草市の羊角湾に注ぐ路木川に建設中の路木ダムで、熊本県事業です。過去一度も家屋の洪水被害はない流域の治水を目的に計画されたものですが、事業者がその根拠だと示すデータや写真は、全く別の水系の水害被害のものでした。反対運動の中で、多くの虚偽の事実が明らかになりましたが、見直されることなく工事は進み完成、現在試験湛水中です。
 しかし、このダム計画に熊本県が公金を支出しているのは違法だとして、住民が起こした訴訟において、つい先日、熊本地裁は住民の訴えをほぼ認め、知事の裁量権の逸脱だとして路木ダム事業は違法だとの判断を下しました。これも全国のダム事業の中では異例なことで、住民運動の成果です。残念なことに熊本県は控訴しましたが、今後の行方は注目されるべきものです。
 もう一つのダム問題が、阿蘇に計画中の立野ダム計画で、治水目的の穴開きダムです。阿蘇くじゅう国立公園の特別保護区であり、天然記念物・北向山原生林内に建設予定されている高さ90 mのこのダムが自然や景観を目玉にした観光産業に与えるダメージについて、熊本県は他の治水方策と比較検討することなく、強引に進めています。本年度中にも仮排水路工事に着手予定です。
 今、荒瀬ダムの撤去工事の進捗と同時に回復も進む球磨川の流れを見る度に、荒瀬ダムの建設と撤去の教訓を、熊本県だけでなく他のダム問題に活かしてほしいと心から願います。荒瀬ダムに続く撤去の現場の出現は、また、日本の河川行政の明るい方向転換にも繋がることでしょう。

ラムネットJニュースレターVol.16より転載)

2014年06月24日掲載