声明: 諫早湾開門をめぐる和解協議に期待する

 ラムサール・ネットワーク日本(ラムネットJ)は2021年5月17日、以下の声明「諫早湾開門をめぐる和解協議に期待する」を発表し、農水省と福岡高裁に提出しました。


2021年5月17日

【声明】 諫早湾開門をめぐる和解協議に期待する

NPO法人 ラムサール・ネットワーク日本  
共同代表 陣内隆之、上野山紀子、金井 裕
高橋 久、永井光弘           

 私たちは、すべての湿地の保全、再生、賢明な利用をめざして、湿地に関わるNGOのネットワークを運営しています。有明海の再生については、2009年の団体設立当初からラムサール条約締約国会議の場をはじめ幾度となく提言を行い、地域の草の根グループや世界のNGOと連帯しながら活動しています。
 本年4月28日、諫早湾潮受け堤防排水門の開放をめぐる長年の争いについて、福岡高裁は国及び漁業者側に和解協議の場を設けることを示しました。私たちは、ラムサール条約の理念に基づき「持続可能な社会」を目指す立場から、今回の福岡高裁の「和解協議に関する考え方」を歓迎するとともに、漁業者と農業者が共存共栄し、地域社会が持続的に発展していくような真の解決を求めます。

1.国は基金案に固執せず福岡高裁の要請に応えること
 かつて、諫早湾には日本一といわれた広大な干潟域が広がり、魚貝類の生育を支えるとともにシギ・チドリ類をはじめとした渡り鳥の中継地として世界的にも重要な場所でした。伝統的な漁法が引き継がれ、人々は自然とともに持続的に暮らしていました。ところが、1989年に着工された諫早湾干拓事業によって、諫早湾および周辺の漁業は深刻なダメージを受け、地域社会の崩壊を招いています。2010年に水門開放を命じた判決が確定しましたが、国の様々な抵抗によって、諍いは長期化し、複雑を極めています。国は開門しないで有明海再生事業のための基金を創設することでの和解を提案していますが、再生事業は2004年から続いているにもかかわらず、「宝の海」だったかつての漁獲量を回復できていません。「基金案」に固執することは、「紛争全体の統一的・総合的・抜本的解決」や国に「これまで以上の尽力」を求める福岡高裁の要請に背くものです。
 そしてまた福岡高裁は、当事者を訴訟当事者のみに限定せず、幅広い関係者の意向や意見をふまえることを提示しています。それは、湿地の管理にあたって利害関係者の全面的な参加を求めたラムサール条約の決議にも重なります。私たちは、国が福岡高裁の要請に応えて、幅広い関係者との自由な意見交換を行うことを期待します。

2.開門から始まる和解が持続可能な地域社会をつくる
 これまでの研究成果に照らせば、諫早湾の閉め切りが潮流の鈍化と海水の成層化を招き、調整池の汚濁水の流入も加わって底層の貧酸素化と底質の悪化、大規模赤潮の増加につながっていることは明らかです。漁業被害の問題を解決するには、長期にわたる開門調査によって漁場悪化の原因を検証することが不可欠です。そして、漁業資源にとどまらず生物多様性の宝庫としての有明海の自然の回復は、生物多様性条約を守る見地からも重要です。2002年4月の短期開門調査の間だけ一時的に、調整池の水質が劇的に改善し魚貝類が増加したことは、海と川をつなぐ水の流れを回復することが大切であることを証明しています。日本を含む各国政府と世界のNGOが所属する国際自然保護連合(IUCN)のWCC2020決議017では、水の自然な流れを妨げることによって流域の生態系を劣化させ、自然と共に暮す先住民の生活を脅かすことなどを指摘し、水の自然な流れを妨げる人工構造物の撤去を含む調査などを各国政府に要請しています。また、諫早湾の水門開放を命じた確定判決を忠実に履行することで得られる効果は、漁業資源の回復とそれによる関連産業の復活ばかりではありません。自然再生プロセスの観察やCEPA(広報、教育、参加、普及啓発)を目的としたエコツーリズムが定着し、地域社会に新たな誇りが生まれることも期待できます。
 2017年に佐賀市で開催されたアジア湿地シンポジウムでは、有明海における3ヶ所のラムサール条約湿地(荒尾干潟、東よか干潟、肥前鹿島干潟)が価値ある生態系サービスを提供していることを評価するとともに、日本最大の干潟であった諫早湾干潟の再生に道が開かれることで、既存の条約湿地との連携も含めた有明海沿岸地域の復興につながるという提起が世界湿地ネットワークからありました。水門を閉じた現状が続く限り問題の解決は困難ですが、水門を開放することにより地域社会に新たな希望が生まれるのです。

 コロナ禍は自然との共生の大切さを私たちに教えています。私たちは、国がコロナ禍の教訓を強く認識し、時代の要請である諫早湾の水門開放に和解協議を通して前向きに取り組むことを強く求めます。

2021年05月17日掲載