カブトガニが生息する広島県竹原市のハチの干潟に迫り来る危機:LNG火力発電所計画

広島大学大学院統合生命科学研究科 大塚 攻

 生きた化石として有名なカブトガニは、かつては瀬戸内海全域に広く分布していましたが、高度成長時代に生息地が埋め立てなどで破壊され、今では岡山県より西部に限定されてしまいました。九州北部にも生息していますが、遺伝的に異なる集団とされています。この中で最も絶滅の危険性が高いのは広島県です。個体群密度が低いにも関わらず、この希少生物を守る法令がないからです。広島県では2か所の主要な生息地がありますが、竹原市のハチの干潟では幼体の全個体数はせいぜい数十個体、江田島市ではさらに生息状況は悪いのです。広島県の個体群は本種の分布の北限かつ東限になっています。2015年7月に竹原市内の小学生とともに成体つがいを確認して以来、毎月、干潟における幼体の生息密度、つがいの有無、環境要因を調査する一方、大学、博物館、動物園、小学校での講演会や広島県、竹原市主催の観察会を通して保全を訴える活動を続けてきました。2016年、広島県に条例によって保護するようにも働きかけましたが、残念ながらこの試みはうまくいきませんでした。一方、2020年3月には広島県の提案により、ハチの干潟付近にカブトガニの保全をアピールする立て看板ができました。

広島県竹原市にあるハチの干潟。22haの干潟に70種もの絶滅危惧種が生息しています
広島県竹原市にあるハチの干潟。22haの干潟に70種もの絶滅危惧種が生息しています


 ようやく、カブトガニの保全が軌道に乗ってきたと思った矢先、今年5月に地元の新聞がハチの干潟に隣接する場所にLNG火力発電所建設計画があると報じました。目を疑いました。計画では海上に500mほどの桟橋を作り、LNG貯蔵施設となる浮遊体を設置するそうです。水深が浅い場所があり、浚渫をする可能性もあるというのです。海流の変化による堆積物の変化、大型LNG運搬船による外来種の定着などが懸念されます。大型船が座礁すれば生物群集は壊滅し、人間にも甚大な悪影響を及ぼすことでしょう。
 私たち研究者は素早くアクションを起こしました。この干潟を教育研究の場として活用している方々との情報共有、地元住民との連携、竹原市、広島県の担当部署への相談です。その後、国際自然保護連合カブトガニ専門家グループ、カブトガニを守る会会長および日本魚類学会、日本生態学学会中四国地区会と、日本ベントス学会・日本貝類学会・軟体動物多様性学会の各自然保護系委員会が企業へ厳格な環境アセスメントをして第三者に評価してもらうことを提案し、問題があれば計画そのものを見直すように要望しました。さらに、広島県、環境省へは企業への適切な助言を求めました。

ハチの干潟の希少性を示す絶滅危惧Ⅰ類の2種。カブトガニ(左)とイセシラガイ(右)。カブトガニは第9脱皮齢で甲幅は8cmほど
ハチの干潟の希少性を示す絶滅危惧Ⅰ類の2種。カブトガニ(左)とイセシラガイ(右)。カブトガニは第9脱皮齢で甲幅は8cmほど


 ハチの干潟は環境省が選定する「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」にもなっていますが、このような時代錯誤の計画が進められようとしているのです。今年、国会で改正された「瀬戸内海環境保全特別措置法」でも干潟の保全を強調していますが、この動向にも逆行しているのです。ハチの干潟にはカブトガニを含めて70種にも及ぶ絶滅危惧種が生息しています。国内外の教育研究者が生物多様性の高さを評価しており、世界的研究業績が出ています。また、地元の小学校、一般県民にも環境教育に活発に利用されている現実を行政者はいま一度、胸に刻むべきです。企業の説明では20年間操業するそうですが、その代償として世界の宝物を永遠に失ってしまう危険性はあるのです。

2021年12月12日掲載