奄美大島・嘉徳海岸の自然と護岸工事

日本自然保護協会/ラムネットJ理事 安部真理子

 全国で自然度の高い河川や砂浜の生態系が失われつつあるなか、鹿児島県・奄美大島の嘉徳(かとく)には、海から陸、川から砂浜までがひとまとまりに残されています。しかし、海岸部では護岸工事が計画されており、2021年10月に着工しました。
 2014年の台風18号、19号の来襲により海岸が20m侵食され、民地と小屋が流失、背後の墓地・耕作物等に被害が出たことから、鹿児島県による「嘉徳海岸侵食対策事業」が始まりました。削られた砂浜には応急対策として大型土のうが並びました。集落との意見交換会を元に、国と県の協議が行われ、2017年4月に県の侵食対策事業が採択されました。公表されたのは、長さ530mの護岸計画。侵食部分だけではなく、広い海岸全体に長大な護岸を作るものでした。

自然のままの砂浜が広がる嘉徳海
自然のままの砂浜が広がる嘉徳海
侵食対策として設置されている土のう
侵食対策として設置されている土のう

 この海岸では世界的に絶滅が危惧されているアカウミガメとアオウミガメが産卵し、2002年にはオサガメが産卵したことが記録されています。IUCN(国際自然保護連合)レッドリストで絶滅危惧IA類のオサガメの産卵記録は日本ではこの事例だけであり、世界の最北端の産卵場所として記録されたものです。
 また、2017年6月に行った砂浜の打ち上げ調査では、短時間で60種以上の生物種が記録されました。特に貝類は同年6月と12月の調査で432種と多様性が高く、このうち絶滅が危惧されるレッドリスト記載種(環境省、鹿児島県)が30種以上報告されています(日本自然保護協会、2017、2018)。その後の甲殻類の調査によりヒメヒライソモドキなど、鹿児島県のレッドデータブック掲載種が8種確認されています(藤田、2018)。
 さらに、嘉徳海岸に流れ込む嘉徳川は自然度が高く、環境省レッドリストの絶滅危惧IA類(CR)であるリュウキュウアユが健全な個体群を維持しています。河口域では絶滅危惧種を含む汽水性貝類が生息しており、河床転石帯には、鹿児島県のレッドデータブックに掲載されているヒメヒライソモドキ、ケフサヒライソモドキ、カワスナガニも高密度で生息していることが確認されました(藤田、2018)。
 これらの豊かな生物多様性は琉球列島には数少ない、サンゴ礁に縁どられない岩石由来の砂粒からなる非サンゴ礁性の砂浜と、そこに流れ込む自然度の高い嘉徳川の特異な地形に支えられています。このような非サンゴ礁性の砂浜のうち、人工物のない自然海岸は、嘉徳海岸のほかには今では西表島月ヶ浜にしか残されていない重要なものです。
 日本自然保護協会、海の生き物を守る会、自然と文化を守る奄美会議、貝類多様性研究所、リュウキュウアユ研究会は、調査結果をもとに2017年6月に鹿児島県に計画の見直しを求める要望書を提出しました。
 その後、この砂浜を守りたいという市民の働きかけが実り、2017年8月に鹿児島県によって計画がいったん白紙撤回され、嘉徳海岸侵食対策事業検討委員会が組織されました。計画の白紙撤回とさまざまな分野の専門家から成る委員会の設置は、この段階のひとつの成果でした。護岸計画自体をゼロにするように検討委員会に働きかけ、計画自体を止めることはできませんでしたが、規模は縮小され、当初予定の3分の1の規模の180mになりました(高さは変わらず6.5m)。

流れ込んでいる嘉徳川の自然度も高い
流れ込んでいる嘉徳川の自然度も高い
海岸の保全のためにアダンの植栽が行われている
海岸の保全のためにアダンの植栽が行われている

 市民の国際社会への働きかけが実り、今年7月の奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島世界自然遺産登録に際し、緩衝地帯(バッファーゾーン)が嘉徳川および嘉徳海岸まで拡大されました。とりわけ嘉徳川は自然の水の流れを保つ貴重な河川であることが世界自然遺産の諮問機関であるIUCNにより、高く評価され、登録後もモニタリング調査が義務付けられました。
 世界遺産登録に関するIUCN評価書では、現在計画されている嘉徳海岸侵食対策事業が計画以上に拡大されないことを確認したとありますが、小さなエリアのため護岸計画が嘉徳川に影響を及ぼさない可能性は低いです。またそもそも本事業の発端となった砂浜の侵食は現在、大幅に解消されています。護岸工事の必要性が低下し、嘉徳一帯が国際的に高い評価を受けたいま、本事業は見直すべきです。貴重な自然を次世代に残すべきだと考えます。

(参考)https://www.nacsj.or.jp/2018/05/10339/

(ラムネットJニュースレターVol.45より転載)

2021年12月12日掲載