『世界湿地概況2021特別版』を活用しよう!

ラムネットJ共同代表 永井光弘

「世界湿地概況2021特別版」日本語版の表紙

「世界湿地概況2021特別版」日本語版の表紙

 2023年2月に『世界湿地概況2021特別版』(GWO2021特別版)日本語版が環境省から発行されました。これは2018年に発表された『世界湿地概況』(GWO)を補完し、GWO以降の湿地の評価や科学的知見を引用し、最新の湿地の傾向、賢明な利用と保全に関する教訓、湿地が直面する課題へのラムサール条約の活用、を述べています。その見どころを、一部だけですが紹介します。

●コロナ禍の経験(1章、項目1.1)
 コロナ禍の経験によって、湿地(自然)にふれることが精神面を含む健康に重要、生物多様性の喪失と配慮ない野生動物取り引きがパンデミックを起こす、水媒介の疾病は湿地管理が不備なところで増加、という各事実を明らかにして、湿地を保全し生物多様性を保護することがパンデミックの予防戦略になると位置付けています。

●GWO後の動き(2章)
 項目だけ拾うと、世界では湿地の消失と悪化が続く(2.1)、気候変動の進行は早く湿地や人々への影響は大きい(2.2)、農業が湿地に与える負の影響は明らか(2.3)、湿地の生態系サービスは自然を活用した解決策として利用されている(2.4)、人権を湿地保護の前提とし幅広いステークホルダーの関与が進む(2.5)、気候変動対策・生物多様性保全・SDGs達成にむけ国際政策が結集(2.6)、という点が記述されています。

●湿地の賢明な利用は世界規模の持続可能性に重要(3章)
 ここでは、湿地の賢明な利用の重要性がさまざまな局面から述べられています。湿地はSDGsや気候変動目標を達成するため重要(3.1)、人々の健康と生業は湿地の適切な管理にかかっている(3.2)、気候変動の対処には意欲的な湿地の保全・再生が必要(3.3)、農業・都市開発・湿地管理の横断的な統合を強化すべき(3.4)、などが記述されています。
 その中で、2つとりあげます。まずは「農業の変革」です(3.4、2.3)。湿地喪失の大きな原因は人口増に対応し食糧供給にあたる現代農業で、ラムサール条約湿地の50%以上が農業から負の影響を受け、世界の淡水の約70%は農業に使用されています。湿地の消失傾向を逆転するには「農業の改革」が必要です。また、持続可能でない農業により湿地が被害を受ければ、やがて農業自体も悪影響を受けるのです。
 次に、湿地と気候変動との関係です(3.3、2.2)。湿地生態系の保全・再生は、気候変動の緩和と適応に必要不可欠な戦略です。ブルーカーボン生態系(マングローブ林、塩性湿地、海草など)を取り上げると、攪乱を受けない沿岸湿地では長期的な炭素隔離速度は熱帯雨林の55倍であり、炭素貯留量も1ヘクタール当たり、海草藻場512トン、塩性湿地917トン、そしてマングローブ林1028トンと大きいです。ラムサール条約湿地のマングローブ林では1・61ギガトンの炭素貯留が推定されています。また、泥炭地(ピートランド)は陸地面積の3%ですが、少なく見積もっても600ギガトン!の炭素を貯留し、並外れて効果的な陸上の炭素貯留源です。ただ、排水が行われ乾くと逆に炭素発生源となり人為的な温室効果ガスの約4%を占めます。泥炭地では、手つかずの泥炭地の保全と劣化した泥炭地の再生という双方が必要となります。

●まとめ
 GWO2021特別版は、湿地の保全と再生が、気候変動危機と生物多様性危機への対応、SDGsの達成のそれぞれに密接に関係することを明らかにし、ラムサール条約の使命は、今日さらに差し迫り、かつてないほど明白になった(4.2)、と結んでいます。
 GWOと共にこの特別版も大いに活用し、湿地の保全・再生を通じ、世界が直面する課題に立ち向かっていきましょう。

*『世界湿地概況2021特別版』は環境省のホームページからPDFをダウンロードできます。
*日本語版の冊子はラムネットJでも頒布中です。詳細はこちら

ラムネットJニュースレターVol.51より転載)

2023年05月02日掲載