ラムサール条約湿地「出水ツルの越冬地」と湿地自治体認証

出水市ツル博物館クレインパークいずみ 主任学芸主事 原口優子

■ツルの現況
 出水市では毎年1万羽を超えるツルが渡来します。種は主にナベヅルとマナヅルで、ナベヅルは世界の推定生息数の約8割、マナヅルは約4割が出水で越冬します。その他少数羽ですがクロヅルやカナダヅル、雑種のナベクロヅルが毎年越冬し、さらにアネハヅル、ソデグロヅル、タンチョウが来る年もあります。ツルの羽数調査は地元の中学生が中心となって60年以上継続して行っています。羽数が多いだけでなく越冬するツルのほとんどが絶滅危惧種であることや世界15種のツルのうち毎年5~7種を観察できること等も、出水がツルの越冬地として重要な要因となっています。しかしながら、絶滅危惧種が一極集中することは種にとって大きなリスクであり、高病原性鳥インフルエンザの発生だけでなく、食害や畦を壊されたりすることで地元にも大きな影響を与えています。このような課題を解決するために、国、県、市が協力して給餌量の削減を行い、ツルの分散や新越冬地形成を図っていますが、さらにラムサール条約湿地登録や湿地自治体に認証されたことで新たなアプローチができるのではないかと思います。

荒崎ツル観察センターとマナヅル
荒崎ツル観察センターとマナヅル
ねぐら入り
ねぐら入り

■ラムサール条約湿地登録と湿地自治体認証
 2021年11月、出水市ではツルが多く越冬する荒崎、東干拓を中心に478haが「出水ツルの越冬地」としてラムサール条約湿地に登録され、2022年には日本で初めて出水市と新潟市が湿地自治体として認証されました。登録されたラムサール条約湿地は高尾野川の一部を除き全て田んぼです。出水市には後背地の山と八代海の間に広がる出水平野があり、このような扇状地の特徴として山からの水が伏流水となり扇端で地表に湧き出てきます。「出水ツルの越冬地」はこの扇端に位置し江戸時代から昭和中期まで300年かけて干拓されてきた場所です。干拓というと湿地の破壊というイメージもありますが、出水では田んぼとして利用されたため、農地法により越冬地を含む一帯が開発から守られており、60年前とあまり変わらない風景が現在も広がっています。また、この地域は野鳥が多く、国内外から多くのバードウォッチャーが訪れます。出水市ツル博物館クレインパークいずみでは市内の子どもたちと荒崎で「田んぼの学校」という講座を開催し、田んぼの生物を調べています。毎年出現する種数や種類の多さに、田んぼは日本人の主食である米を供給するだけでなく、現代の日本においては身近でとても重要な"湿地"であることを実感します。今後、賢明な利用や交流・学習を推進し、ツルの集中化による地域へのデメリットを上回るメリットを生み出す仕組みを作り、また、湿地自治体に認証されたことにより、登録対象地域だけでなく市全体でメリットを享受することで、より円滑に湿地の保全や利活用が進むと思われます。

地元の中学生によるツルの羽数調査
地元の中学生によるツルの羽数調査
「田んぼの学校」で生物を調べる子どもたち
「田んぼの学校」で生物を調べる子どもたち

■高病原性鳥インフルエンザ
 2022年冬、出水市ではツルと養鶏に過去最大の規模で高病原性鳥インフルエンザが発生しました。ツルに関しては今回6回目の発生で(初回2010年冬)、約1500羽のツルを回収しました。一方、養鶏は市の基幹産業でもあり、2010年冬に発生して以降、徹底した防疫対策を講じ感染を防いでいたものの、2022年冬はツルと同様過去最大の羽数が殺処分されました。

■まとめ
 近年世界各地での高病原性鳥インフルエンザ発生状況を見ると、今後ツルの状況はますます厳しくなると予想されます。発生のリスクを下げるには給餌量を減らし、他所への分散を促すことが必要ですが、昨年度までは市内および近隣地域への分散が進んだだけで、他所での越冬地形成まではいたっていません。市内分散が広がることで高病原性鳥インフルエンザ防疫にどう影響が出るかはわかりませんが、食害等今まで越冬地周辺限定だった課題が広がる懸念もあります。しかしながら、出水では学生をはじめ長年ツルの保護活動に携わっている多くの方々がいます。皆で協力して、ツルが来る湿地を保全・再生し、賢明な利用を推進することで、ツルだけでなく多くの生き物や人にやさしい豊かな環境を創出していきたいと思います。

ラムネットJニュースレターVol.52より転載)

2023年08月16日掲載