美佐野ハナノキ湿地群の保全を求める意見書

 ラムサール・ネットワーク日本では、リニア建設の残土処分によって岐阜県御嵩町の美佐野ハナノキ湿地群が埋め立てられる計画について、4月の現地視察後に懸案となっていた湿地群の保全を求める下記の意見書の提出を、2023年10月6日、岐阜県と御嵩町に対して行いました。
意見書PDF


岐阜県知事   古田 肇 様
岐阜県御嵩町長 渡辺幸伸 様
団体名:NPO法人ラムサール・ネットワーク日本
共同代表 金井 裕
共同代表 永井光弘

美佐野ハナノキ湿地群の保全を求める

第1 趣旨
 リニア中央新幹線の工事によって発生する残土処分を御嵩町が受け入れることは、「美佐野ハナノキ湿地群」の保全を不可能にし、全ての湿地の保全を求める国際条約(ラムサール条約)の趣旨にも背を向けるものです。私たちは、岐阜県および御嵩町に対し、同湿地群を埋め立てる残土受け入れを拒否し、湿地群の保全に全力を尽くすよう求めます。

第2 理由
1.美佐野ハナノキ湿地群の重要性
 「美佐野ハナノキ湿地群」は、岐阜県御嵩町の東南部の押山川と木屋洞川の2つの川に挟まれた美佐野地区の丘陵地帯にあり、面積100㎡から500㎡程の小湿地が20箇所以上点在している湿地群の呼び名です。ここは貧栄養の湧水によって形成された硬質土壌の卓越する小面積湿地という「湧水湿地」群の典型であるところ、このタイプの湿地はかつて東海地方各地に普通に点在していましたが、農耕地への転用や各種開発により多くが失われてしまっており、同湿地群は現在も残された貴重な湿地といえます。特に、御嵩町には東濃・中濃地域湿地群957箇所のうち土岐市に次いで多い82箇所の湧水湿地が存在しています。
 その1つである美佐野ハナノキ湿地群は、東海地方の固有種であるハナノキ(国VU※1)の町内最大の群生地であり、全体でその成木が80個体程度確認されており、特別に大きな2ha超の面積で自生し、東海地方の中でも屈指の個体数と面積が特徴です。
 ハナノキ以外にも、シデコブシ(国NT※1)、ミカワバイケイソウ(国VU・岐阜VU・愛知EN※1)等の東海地方の固有種や、ヒメタイコウチ(国NT)、ギフチョウ(国NT)などの生物も生息し、鳥類では15年以上も前からサシバ(国VU)、ミゾゴイ(国VU)などの営巣地として観察が続けられています。
 私たちが今年4月に同湿地群を視察した際にも、記録されていないハナノキの幼木や稚樹の発見が次々とあり、ギフチョウなどの希少な昆虫類やニホンリス(ホンドリス)、アズマヒキガエルの卵塊なども観察できました。
 このような典型的な湿地タイプであることと地域固有種・絶滅危惧種の生育地であることが評価され、美佐野ハナノキ湿地群は環境省の定める「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」(略称「重要湿地」)(№274に含まれる東濃地域湧水湿地群)に選定されています※2。同様の特徴を持つ東海丘陵湧水湿地群の中からは、2012年にラムサール条約湿地(豊田市の矢並湿地など)、も登録されています。

2.残土による埋め立ては湿地群を消滅・劣化させる

2-1.埋め立ては湿地群を直接的に消滅させる
 「残土処分場候補地と美佐野ハナノキ自生地の概略図」[図1]に残土処分場候補地とハナノキ自生地の概略図を示します。JR東海の説明では、リニアトンネル部から掘削排出される土砂は、地上部からヤードに仮置きされ、アクセス道路を利用して候補地A(民有地)とB(町有地)に搬入されます。そして、搬入された残土は、湿地群の上に最大で30mの盛り土をして埋め立て処分をすることになります。
 しかし、ここは前述のとおり重要な湿地群のエリアであり、ハナノキだけでも御嵩町の成木総数の約3割が植生しています。ここを直接的に埋め立てて残土処分場とすることは、前述した湧水湿地が有する生態的特徴を根本から破壊する行為であり、締約国に対して条約湿地のみならず「全ての湿地を保全する」ことを義務づけているラムサール条約に大きく貢献してきた締約国である日本は、そもそも行うべきではありません。

2-2.移植は保全にならない
 JR東海は、両範囲内に植生する重要種につき移植等を行なうことで保全を図るとしています。しかし、移植は学術的に確立したものではなく、移植先の環境に適応できない事例がほとんどです。また、本年2月5日に町主催で開催された「重要湿地の保全に関する勉強会」の中で富田啓介・愛知学院大学准教授が指摘したように、遺伝的な多様性の保全からも慎むべきであるし、ハナノキが環境変化に合わせて最適な場所に群生地を移しながら個体群を維持してきたこと考慮すると、候補地それぞれにある谷間を埋めてしまうことは将来の個体群維持の可能性を摘んでしまいます。

2-3.集水域の水の自然な流れを守ることが大切
 また、2つの処分場候補地に挟まれた谷筋にも多くのハナノキ群生地があります[図1]が、このエリアにも深刻な影響が予想されます。埋め立て候補地に降る雨水などは網目状に敷設した地下排水管に集水して河川に排水する計画※3ですが、それは本来地下に浸透して周辺の湧水湿地を潤すべき水量です。JR東海は尾根筋で分かれているため影響はないと説明しますが、地下水の流れは複雑につながっており、水枯れなどの影響が懸念されます。トンネル工事そのものでも地下水脈の流れが変化することが懸念されますが、湿地群を保全するためにはできるだけ水枯れになり得る要因を取り除くことが必要です。
 ラムサール・ネットワーク日本の発議で2021年に国際自然保護連合(IUCN)総会で採択された決議:IUCN-WCC2020.017「湿地保全のために水の自然な流れを守る」※4では、地下水脈を含む水の自然な流れを維持することの重要性を認識し、予防原則に基づいて地下水を含む水の自然な流れを保全・再生する取り組みを各国政府に要請しています。IUCNの国家会員である日本政府もこの決議を実施する義務があります。湿地群を保全するためには、集水域全域を保全する必要があり、地下水脈を含む水の自然な流れを保全するためには埋め立て計画の撤回が不可欠です。

3.法令手続き上の要望

3-1.岐阜県への要望
 岐阜県は、リニア中央新幹線に関する環境影響評価手続きにおいて、岐阜県知事意見を発出しています(2014年8月)。その第11項「廃棄物等」において、上記手続時点では明らかではない発生土の処理に関し、JR東海に対し「環境影響評価法に基づく手続きに準じた手続」を求める意見を述べています。特に「新たに発生土置き場等を設置する場合には、その規模や設置場所の地域特性等を考慮し、必要に応じて専門家の助言等を踏まえて調査項目等を選定した上で、着工前に調査・予測・評価を実施し環境保全措置の内容を定めるとともに、着工後の事後調査及びモニタリングの計画を策定すること。」を求めています。
 美佐野ハナノキ湧水湿地群の埋め立ては、上記のとおり取り返しのつかない自然破壊をもたらすものであり、また、その事実は御嵩町が昨年から6回にわたり開催した「リニア発生土置き場に関するフォーラム」の結果からも明らかです。
 ラムサール条約第8回締約国会議(COP8)決議16「湿地再生の原則とガイドライン」では『全ての締約国に対して、湿地の再生あるいは創出が自然湿地の喪失に置き換えられるものではないことを認識』するよう要請しています。美佐野ハナノキ湧水湿地群の保全措置としては、発生残土による埋め立てる計画を「回避」(=撤回)する以外にありません。岐阜県は、JR東海に対して、湿地群の埋め立てを回避するよう求める意見を述べるべきです。そうしても、他地域での発生土処理ができないということはありません。

3-2.御嵩町への要望
 御嵩町の渡辺幸伸・新町長は本年9月議会の中で「受け入れを前提とした協議は白紙とし、ゼロベースでJR東海と協議する」と表明しました。その上で審議会を設置し、その報告をふまえて判断すると述べられました。同時に、政策に民意を反映させるために「対話を第一に」すること、町民が誇りを持てるまちづくりをすること、SDGs(持続可能な開発目標)の考え方を取り入れた枠組みの構築と実行を述べられました。
 SDGsの目標15では、森林や湿地など陸域の生態系を守ることや生物多様性が損なわれないよう絶滅が心配される生物を保護することなどが挙げられています。前項で示したとおり、JR東海が示す残土処分計画は、国際条約の基準に照らしても重要な湧水湿地である美佐野ハナノキ湿地群を消滅・劣化させるものであることから、SDGsの考え方に沿うためには、残土による湿地埋め立てという結論にはなり得ません。湿地群を保全・管理することこそ、世界に誇れるまちづくりに資するのではないでしょうか。
 そもそも、町および事業者等が一体となって希少野生生物を保護し生物多様性の確保を図ることを目的とする御嵩町希少野生生物保護条例に照らしても、町は重要な湧水湿地である美佐野ハナノキ湿地群を希少野生生物保護区域に指定しその保全を図る責務があります。県やJR東海に対しては、町は保護区域の保全に向けた措置を講ずることを要請しなければなりません。
 町は、美佐野ハナノキ湧水湿地群が将来世代に引き継ぐべきかけがえのない財産であることを認識すべきです。私たちは、御嵩町に対して、上記環境影響評価手続きに準じる手続きにおいて同湿地群での発生土受け入れ拒絶の意見を述べるよう岐阜県に働きかけるとともに、町としても同湿地群を希少野生生物保護区域に指定し、埋め立てを許さずしっかり保全することを求めます。

以上

*ラムサール・ネットワーク日本
地域の草の根グループや世界のNGO と連携しながら、ラムサール条約に基づく考え方・方法により、すべての湿地の保全、再生、賢明な利用の実現に寄与することを目的として活動している団体です。

(出典および参考)
※1 略記
 国VU:環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類
 国NT:環境省レッドリスト準絶滅危惧種
 岐阜VU:岐阜県レッドリスト絶滅器具Ⅱ類
 愛知EN:愛知県レッドリスト絶滅危惧1B類
※2 環境省HP「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」
※3 フォーラム第4回事前資料(JR東海)P21~24
※4 IUCN-WCC 決議「湿地保全のために水の自然な流れを守る」
添付資料:図1「残土処分場候補地と美佐野ハナノキ自生地の概略図」
231006_mizano.jpg

2023年10月13日掲載