コウノトリがやってきたことからはじまった地域の変化

認定NPO法人とくしまコウノトリ基金 森 紗綾香

 徳島県鳴門市にコウノトリが飛来しはじめたのは、2013年のこと。飛来する個体が少しずつ増えるなかで1組のペアが誕生し、2017年には豊岡市周辺以外で初めて繁殖に成功しました。このペアは、それから7年連続でヒナを巣立たせており、その数は20羽になりました。飛来する個体も増えており、2023年1月から12月中旬までに、146個体が飛来しました。野外個体が372羽(2023年11月30日現在)であるので、およそ3羽に1羽がやってきたことになります。

整備したビオトープで餌を探すコウノトリ
整備したビオトープで餌を探すコウノトリ

 なぜ、鳴門市にたくさんのコウノトリがやってくるようになったのでしょうか。コウノトリが餌にしているのは、カエルやフナ、ザリガニやジャンボタニシといった田んぼに暮らす生きものです。成鳥は1日に500g(ニホンアマガエルだと約100匹分)、成長期のヒナは1日に1kgも餌を食べると言われています。子育てをするには、その地域にたくさんの餌となる生きものがいることや、餌を捕りやすい環境であることが必要になります。徳島県はれんこんの作付面積が全国2位、そのなかでも鳴門市はれんこん栽培が盛んな地域で、れんこんや稲を育てる田んぼが広がっています。れんこんは、他の農産物に比べて農薬の使用量が少なく、収穫期の数週間以外は水を張っているため、餌になる生きものの種類も量も多いこと、水深が浅く粘土質で足が沈みにくいことから、この場所はコウノトリにとっていい餌場となりました。

 しかし、夏が近づくとれんこんも稲も葉が生い茂り、コウノトリは田んぼの中に入れなくなってしまいます。夏でも餌に困らないように、耕作放棄地を再生してビオトープをつくり餌場として使えるようにしようと、2020年から取り組みをはじめました。20年~40年も耕作放棄された田んぼは、草が生い茂り木も生えていました。人力と重機を使って草や木を刈り、トラクターで耕し、2カ月ほどで水を溜められるようになりました。魚道を設置したり、江(深み)を作ったり、産卵床でフナ等の卵を採取して入れたりと、生きものが増える工夫もしました。その結果、徐々に生きものが増えはじめ、コウノトリも休憩や餌を探しにやってきてくれるようになりました。

コウノトリのお酒「朝と夕」
コウノトリのお酒「朝と夕」

コウノトリれんこん
コウノトリれんこん

 当初、突然やってきたコウノトリに、地域の方々は喜びと戸惑いがありました。飛来する個体数が増え、コウノトリがいることが日常になってくると、少しずつ地域が変わりはじめました。ビオトープづくりの取り組みは、地元農家と地元の酒蔵「本家松浦酒造」が連携した、「ビオトープ米でお酒をつくるプロジェクト」へと広がりました。そのお酒はコウノトリのお酒「朝と夕」と名付けられ、売り上げの一部は、当団体に寄付されコウノトリの棲みやすい環境づくりに役立てています。れんこん農家の中からも、特別栽培(農薬・化成肥料を慣行の5割減)でれんこんを生産し、「コウノトリれんこん」としてブランド化する取り組みがはじまりました。そのれんこんを使ったカレーや薬膳粥といった商品も誕生しました。ビオトープの近くにある小学校では、コウノトリや地域について学ぶ環境学習がはじまりました。7回の授業のうち1回は、ビオトープで生きもの探しをします。田畑が広がる地域で暮らしている子どもたちでも、生きものを捕まえたことがないという子が多く、体験の機会になっています。コウノトリが選んでくれた自然豊かな地域の魅力を伝えるエコツアーも、カヌーやポタリングツアーを実施する事業者と連携してはじまりました。これらの商品も、売り上げの一部から当団体に寄付をいただく商品として販売しています。

 当団体が中心となって進めてきたビオトープ整備でしたが、2023年11月からは、地元住民や農家で組織した団体が中心となり、ビオトープを整備する取り組みがはじまりました。コウノトリがやってきたことからはじまった地域の変化は、少しずつコウノトリも人も暮らしやすいまちづくりの輪として広がり続けています。

  (ラムネットJニュースレターVol.54より転載)